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無題

「ほんの一瞬だけだけど、私、ほっとしちゃったんだよ」
友達はそう言って、泣いているような笑っているような
不思議な顔をしました。

彼女は、お母さんを亡くしました。
突然の死ではなく、お母さんは1年を超える期間
病気と対峙していました。
そして彼女もそんなお母さんと向き合い、
ほぼひとりでいろいろなものを背負ってきました。
お母さんの看護に費やす時間、労力はもちろんのこと、
かかる費用も思いのほか楽なものではないのだと、
でも、愚痴とは感じられないほどのニュアンスで口にしたことがありました。

「無理だったらいいんだけど、
できたら今すぐにでも顔が見たい」
と言われて飛んで行った私に、
彼女は言いました。
「ほんの一瞬だけ、ほっとしちゃったんだよ」

彼女にとっても、お母さんにとっても、それは長い時間だったことでしょう。
自分が背負った荷の重さだけでなく、母親が抱えた苦しみを思うとき、
その全てが終わった瞬間にほんの少しだけ安堵の気持になることを
私には責めることはできません。
それでも彼女は、不思議な表情を浮かべた後に泣きました。
「冷たいよね、私」と。
そして「ミカちゃん、こんな私のこと嫌いになるでしょ?」とも。

私のこと嫌いになるでしょ・・・
誤解を恐れずに言うのなら、まるで子供のようだと思いました。
大人になった娘としてぎりぎりの理性で立っていた彼女の心から、
その瞬間箍が外れて、感情だけの子供の心に戻ったようでした。

「私は何があってもTちゃんのこと好きだよ」
不思議なことに、
彼女とまるで同じような経験をしたMちゃん
以前私に言ってくれたのと同じ言葉を私は口にしていました。
「好きだよ」なんて、甘ったるい恋愛でもしない限り使うこともないと思っていた言葉を、
Mちゃんがいとも当たり前に口にしたのと同じように。
(その時私はとてもしんどい時期を過ごしていて、
悪いことに、投げやりで自己嫌悪の塊でした。感情をむき出しにして嘆く私に、
「どんなことがあっても私はミカちゃんのことが好きだよ」と
Mちゃんはさらりと言ったのでした)

大人だからといって、いつだって強いわけじゃない。
大人だからといって、全てに耐えられるわけじゃない。
耐えられない大人は失格だ、と言う強い心の持ち主がいるならば
それはそれで素晴らしいことだと思うのです。
できるなら、そういう人に私もなりたい。
でも、自分が「この人」と信じてつながってきた人が
耐え切れずに弱音を吐いたとき、
私はそれをそのまま受け容れる人でいたいと思います。
奮い立たせようと抱え上げるのではなく、
崩れ落ちそうなその人と一緒に姿勢を低くして、
「どんなことがあっても好きだよ」と言いたい。
それが正しいかどうかはわからないけど、
弱くても好きと言ってくれる人がいてくれたら、
大人はほんの少し救われるような気がするのです。

 *この記事は、誰に話せばいいのかわからない感情を吐き出すために書いた、
  ちょっと下世話な例えをするのなら自慰行為のような記事なので、
  コメントとトラックバックについては敢えて閉じさせて頂きます。
  言いたいことが何なのかもあまりはっきりしていない文章ですしね。
  (それは毎度のこと?)

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Top▲ | by mikansky | 2006-06-26 16:55 | other
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