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カテゴリ:words( 18 )
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あの時の言葉#4

『私はここよー!』

そりゃあ誰かを好きになれば、
その人に自分を見てもらいたいと願ってしまうのは女性の性。(なのか?)
「ワタシだけを見つめて」なんて、むずがゆい言い回しもありますしね。
ましてや好きで好きでたまらなくなってしまったら、
人はその感情をコントロールすることができず、思わぬ言動をとってしまうものです。

マブダチMちゃんの言葉です。
Mちゃんは彼が好きで好きでたまりませんでした。
彼と同じ空間、空気を共有したい、
できるだけ彼のそばへ近づきたい、
それはもう、狂おしいくらいに。
そして、そんな彼女の思いが現実となる瞬間がついにやってきたのです。

そりゃあ私も尋常ではないくらい興奮しましたよ。
なんたってやっとチケットを手に入れたコンサートですもの、
SMAPの。
でも、Mちゃんの想いは私の興奮なんぞをはるかに超えていました。
電動カートに乗った彼が私たちのいるエリアまで近づいてきたとき
彼女は声の限り叫んだのでした。

「拓哉ぁぁぁ、私はここよぉぉぉぉぉ!!!」

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Top▲ | by mikansky | 2005-08-23 00:22 | words
おやつ

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子供の頃、私はビスケットのことをびっきっきと呼んでおりました。

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Top▲ | by mikansky | 2005-04-21 14:19 | words
私たちの力を

-日本に帰ったら勉強は?と問われて-

「英語を勉強したいと思います。
助けてくれたニュージーランドの人が英語で話しかけてくれたけど
僕はわからなかったから」

   スマトラ沖地震でお父さん・弟さんを亡くした杉本遼平くん

彼をこんなに素晴らしい少年に育てたご両親の素晴らしさに
ただただ頭が下がります。
やはり私たちは、日々を真摯に生きなければなりません。
12歳の少年のまっすぐな心に負けないように、
私たちもまっすぐ生きなければなりません。

もちろん、この地震と津波で親を亡くした子供は
遼平君だけではありません。
突然災害に親を奪われ、途方にくれている子供たちが
たくさんいます。
被災地では、
そんな子供たちを「養子縁組をする」という理由のもとに連れ去り、
風俗産業へ売り渡すために連れ去る事件が多発しているそうです。
なんという大人たちが生きているのかと、
渦巻く怒りは限界を超え、無力感にすら変わっていきます。

でも、今、私たち大人が絶望していてはいけない。
無力だと嘆いている場合ではない。
だから、あなたにできる方法で
子供たちを守ってはいただけませんか。
私たちの子供たちを、私たちの手で。
私たちには、ささやかだけどそのための力があるはずです。

ユニセフ
セーブ・ザ・チルドレン
ピースウィンズ ジャパン
日本フォスタープラン協会
日本紛争予防センター
ワールドビジョン ジャパン
ADRA Japan
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Top▲ | by mikansky | 2005-01-07 23:01 | words
今日の言葉

スマトラの大津波のニュースを見て

「こんなにひどい災害が起きちゃったら
 オールさんたちも津波の歌なんて歌ってられないわね」

そりゃ、サザンオールスターズのTSUNAMIのことですか?

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Top▲ | by mikansky | 2005-01-02 23:56 | words
最低にして最高

なんだか最近イヤな世の中になってきてないか?
と思い始めた途端に、テロやら戦争やら殺人やら、
まるで転げ落ちるようにイヤな事が湧いてきた。
頑張って頑張って日々を暮らしている人たちも
まだまだたくさんいるというのにね。

『最低にして最高の道』
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Top▲ | by mikansky | 2004-09-20 19:47 | words
あの時のことば #3
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『もう、会うのに口実はいらないと思いますよ』

♪ナニが出るかな、ナニが出るかな・・・
恋の話、略して 恋バナぁ~!

ということで昔の思い出です。

ある人のことが大好きでした。
メールを交換したり、電話で話をすることはあっても、
なかなか会う機会が持てず、こちらが好意を持っていても
状況は遅々として進みませんでした。

ある日、私たちはメールの中で賭けをしました。
確か、賭けの対象はサッカーか何かの試合の結果で
負けた方がプリンをご馳走する、という約束でした。
勝ったのは私。
でも、勝とうが負けようが、こんな賭けをすれば
その人に会えるかもしれない、という不純な(!)思いが
私にはあったわけです。

しばらくして、私たちは上野で待ち合わせをし、
谷中の街を散策し、そして
精養軒でハヤシライスとデザートにプリンの夕食をしたのでした。

さて、話が長くなりましたが、
その日の別れ際、上野駅の改札で
「また何か口実を作ってお会いしましょう」
と言った私に、彼が言った言葉が上に挙げた言葉でした。
冗談めかしていながらも、
「またお会いしましょう」なんて言葉を口にするのは
私にとっては清水の舞台100万べん急降下ほどの勇気だったのですが、
彼のこの言葉を聞いて全てが氷解したような
そんな穏やかな気持ちになったものでした。

その後、何の口実もなく私たちは何度か会って、
付き合いましょうとなった時には、
まだお互いを"さん付け"で呼んでいました。
初めて一緒に目を覚ました朝に、その人が
「"さん"をつけるのはもうやめませんか」
と言ったのを今でもはっきり覚えています。

私がまだ、こんなに汚れちまっていない頃の恋バナでした。
もうその人とはどんな口実があったとしても
会うことはできません。
人混みの中を歩いているときに偶然会ったりしないだろうか、
なんてことを今でも時々考えてしまうことは
相方には内緒です。


『真夏のお習字大会』開催中!

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Top▲ | by mikansky | 2004-08-18 22:23 | words
あの時のことば #2
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「センセイ、いやなことはすぐに忘れたほうがいいんだよ。
じゃないと、また同じことが起こったらどうしよう、って
ずっと心配になるから」

数年前に教えていたトモくん(5歳)の言葉です。

膝に大きな擦り傷を作っていた彼に
「転んだとき泣いちゃったでしょ?」
と聞くと
「忘れちゃった」
との答え。
「こんなにすごいケガをしたのに忘れちゃったの?」
と驚く私に彼が返したのが上の言葉。

「子供大好きなんです」という人、よくいらっしゃいますし、
私の仕事についてお話すると
「mikanskyさんは子供好きなんですね」
といわれることもしばしばあります。
いえ、私は子供好きではありません。
週に100人以上の子供を相手に仕事をしていたこともありますが、
逆に「子供好きだったらこの仕事できないだろうなぁ」
と思ったほど。

子供は天使なんぞではありません。
こちらが油断している隙を狙って背後から飛び蹴りはするわ、
どんな言葉が相手にダメージを与えるかきちんと知りながら
暴言は吐くわ、限りなく本能に近い部分で生きているだけに
とっても残酷だったりします。

ただ、限りなく本能に近い分、彼らは
まっすぐでむき出しなその感性を驚くような俊敏さで放出することがあります。
そんな瞬間に出会ってしまうと、私は
そのヘンのオツムの悪い大人と話すよりもよっぽど
快感を感じてしまうのです。

トモくんは、まるで哲学者のような5歳児でした。
「ミドリちゃんの次にセンセイが好きだよ」
と、頬にチュウをしてくれる子でした。
どちらかがあと20歳歩み寄ることができたなら
確実に私は恋に落ちていたはずです。

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Top▲ | by mikansky | 2004-08-13 14:38 | words
あの時のことば #1

「お前、いつからそんなにつまらない女になったんだ?」

久しぶりに会った同級生(♂)から言われた言葉。
当時の私は、別れだ、仕事だ、将来だ、と
しっちゃかめっちゃかの精神状態のなかで
すっかり自分に対する自信を失っておりました。

愚痴ったのか、怒りをぶち負けたのか、
へらへらと軽口を叩いたのか、
その時のことははっきりと覚えてはいません。
ただ、この言葉だけは
何年もたった今でもしっかり覚えています。

彼とは卒業後もみんなで、ふたりで、よく飲みに行っては
終電なんぞ気になる余裕もないほどに話をしたものでした。
お互いがフリーで仕事をするようになってからは
そんな機会も減ってしまったものの、
頭のどこかで常に気にかけている存在です。

久しぶりに会ったら
今の私を見て彼はなんと言うでしょうか。
「相変わらずつまんねぇ女だな」
などと言われたら大変だ、と、
恋愛感情など一切抱いたことのない男の言葉のために
日夜自分磨きに励む昨今の私です。

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Top▲ | by mikansky | 2004-08-05 01:05 | words
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